第30章 紀伊:熊野古道

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【逢魔時退魔学園】

ファイテン 紫乃

ファイテン「紫乃さーん。来ましたよー」

紫乃「はいはい。悪いわね、こっそり呼び出して」

ファイテン「いえいえ、構いませんよ!それで__」

紫乃「別邸での資源がだいぶ減っているのだけれど、これはどういうことかしら?」

ファイテン「うっ…そ、その…使っていいと__」

紫乃「澄姫を助けるときの話でしょう?はあ、全く…」

紫乃「文もあなたに染められないか心配ね。素直ないい子だから」

ファイテン「お返ししなければならない…とか?」

紫乃「いえ、それはいいわよ。言ってみたかっただけだし」

紫乃「別邸に送られてくるものは本家からすれば大した量じゃない」

紫乃「それに__」

ファイテン「それに?」

紫乃「まあお礼だと思ってくれればいいわ。いい刺激にもなるみたいだしね」

ファイテン「は、はあ…」

紫乃「呼び出した要件だけど、前鬼、後鬼がね__」

紫乃(…まだ悪路王がいるわね。牽制もしたかったし、問題はない)

紫乃「あれから少し話をきいたけれど、澄姫に加護を与えたのは本当」

ファイテン「夢枕、でしたっけ」

紫乃「夢で何かを与えるのは伝承でも多いわね。神や鬼、力を持った妖怪が主に使うわ」

ファイテン 悪路王 紫乃

悪路王「加護を得たものは、破棄せぬ限り与えたものを害することはできない」

悪路王「吾が与えたのは加護ではない。ただ目として憑いただけだからな」

紫乃「あら。説明してくれるのね。その通りよ。思うところでもあった?」

ファイテン「悪路王さんとは何度も手合わせして貰ってますしね」

紫乃「あの前鬼、後鬼が自ら動けないのは遠い昔に交わした約束のせい」

紫乃「もう少し彼らが力を持てるように、協力して貰えないかしら?」

ファイテン「協力、ですか…?」

紫乃「と言っても内容は単純よ。彼らを討伐してくれるだけでいい」

紫乃「山城国にある【前鬼・後鬼の間】でね」

悪路王「あの屋敷ではないとすると、封印にはほど近い場所、だな」

紫乃「ええ、その通り。封印から少しだけ顕現している身体を討伐して、対抗するには力が必要と思わせてくれるだけでいいわ」

ファイテン「それ、私でいいんでしょうか?」

紫乃(この子でないと、恐らくは意味がないでしょうね…)

紫乃「澄姫ではできないし、悔しいけれど他の陰陽師だと力不足ね」

紫乃「それに、形や理由はどうあれ鬼に力を与えることになる」

紫乃「あなたは、澄姫のためなら内密に動いてくれるでしょう?」

ファイテン「はい!それはもちろん!」

紫乃「前鬼、後鬼が顕現したのは鬼と現の境界を守るため」

紫乃「となれば境界を破ろうとするものがいる。ということ。いざというときのために__」

悪路王「………」

紫乃「前鬼、後鬼の力を少しでも引き出しておきたいのよ」

紫乃「場所は文に教えておくわ。呼び出すには熊野妖怪印章が三枚必要になる」

紫乃「仲間を募って行くのがいいわ。もちろん、秘密裏にお願いね」

ファイテン「はーい」

紫乃(とはいえ、どうせ吉備泉には筒抜け。どう動くか、も見物ね)

悪路王 紫乃

………

紫乃「目は口ほどにものを言う それは鬼には通用しないみたいね」

紫乃「加護も呪いも同じとは聞いたけれど、あなたの与えたそれは呪縛よ」

悪路王「…答えるべき言葉を持たぬな」

紫乃「詮索が不愉快そうな顔をするのね。それは答えない罰だと思いなさい」

紫乃「会話ができるうちに一度だけ、一言だけ伝えておくわ」

紫乃「あの子の背中を、言葉の呪縛はあれど、押してくれてありがとう」

紫乃「お礼はこれで最後。じゃあね、陸奥の鬼」

悪路王「二度と会うことはないだろう。さらばだ、慢心せし方位師よ」

紫乃(慢心…ね、前鬼後鬼や鬼のこと、どうにかできるとは思っていないわ)

紫乃「一介の方位師の意思で、鬼を利用する報い__それでも、私は澄姫のためなら、鬼に討たれようと後悔しないわよ」

………

ファイテン「悪路王さん、いますか?」

………

ファイテン(まだいない、かあ。校長先生もいないみたいだし…二人一緒に居ないのは初めてかもしれないなあ)

百花文(あの、ファイテンさん。聞こえますか?)

ファイテン「文ちゃん!?どうしたの急に」

百花文(少し、聞いて頂きたいことが__)

………

百花 ファイテン 紫乃

ファイテン「文ちゃんに呼ばれたんですが、私に用があるとか?」

紫乃「そうよ。でも、まずその前に…文から、今までのあなたの足跡を聞いたわ」

紫乃「澄姫が戻っているときに遠征した颶の静謐で__微量とはいえ、一目連の血を浴びたそうね」

ファイテン「…はい。本当に少しでしたし、すぐ消えちゃいましたけど…」

紫乃「その後に現れた熊野龍神はその血を浴びたことがきっかけね」

紫乃「血、と言うものは結びつきを示すこともある言葉」

紫乃「あなたに血を浴びせるために現出し、血を浴びた後に討伐され、守護者に成り代わった楔(くさび)から解かれる」

紫乃「うつしよとの結びつきは残っている。龍神に成り代われたのも、それが理由」

ファイテン「………」

紫乃「本題に入るわね。今、澄姫は幕府からの依頼を受けているの」

ファイテン「澄姫が、幕府の!?」

紫乃「実戦的なことを考えれば、今の澄姫は土御門家の筆頭よ」

紫乃「幕府の依頼を受けるのもある意味当然よね」

ファイテン(あっ、ちょっと嬉しそう)

紫乃「本来であれば学園を通すのだけど、吉備泉は不在みたいだし、直接、調査依頼が回って来たの」

百花文「熊野古道であやかしの目撃情報が相次いでいるらしいんです」

百花文「熊野龍神の出現と時を同じくして、一つ目のあやかしの__」

ファイテン「もしかして、一目連!?」

百花文「いえ。紫乃さんと調べてみましたが、一目連とは違うようです」

百花文「伝承に則ったあやかし。恐らくは【熊笹王】と見ています」

紫乃「伝承の中にだけいたあやかしが、熊野龍神の出現と共に目撃された」

紫乃「現地へ出向き、調査を頼みたい。噂が大きくなる前に、という依頼よ」

紫乃「けど、澄姫が現地で調査をしてもまったく姿を見せなくてね」

百花文「誤報、という訳ではないのですよね」

紫乃「ええ。目撃情報は今も寄せられることがある」

紫乃「時期から考えて熊野龍神との関係性も考えられるから__あなたの話を聞いていたら、血を浴びた、と聞いてね」

紫乃「原因がそこにあるのなら、あなたが行けば何か変化があるかも」

紫乃「どう?澄姫を助けてあげてくれないかしら?」

ファイテン「はいっ、わかりました!」

【紀伊国 熊野古道】

熊野古道

ファイテン「霧が濃いね、文ちゃん…」

百花文(ただの霧、と言いたいところですが、警戒はしておきたいですね)

百花文(瘴気空間などはないようですが、十分に気を付けてくださいね)

ファイテン「うん。そうするね!」

ファイテン 澄姫

土御門澄姫「ファイテンじゃない」

ファイテン「あっ、澄姫!」

土御門澄姫「紫乃の言っていた援軍ってあなたのことだったのね」

ファイテン「一つ目のあやかしの調査、だよね」

土御門澄姫「そうよ。と言ってもまだ私は姿を見ていないけどね」

土御門澄姫「紫乃に話は後で聞くとして…今は手分けして探しましょうか」

ファイテン「うんっ!」

土御門家先遣隊「澄姫様の手伝いだそうだな。試練を出そう。なに、報酬は本家持ちだ。気にするな。それより、澄姫様を頼んだぞ」

旅の修行僧「あやかしを見たという声もあるが、私には何も見えないな」

行商人「この地方は雨が多い様です。準備をするにこしたことはありません」

旅人「随分霧が濃いですね…迷わないように気を付けないと」

旅人「おかしいな…さっき俺の地方にしかない言い伝えのあやかしが出たんだが…」

旅人「全国から参拝客が集まるが、今はまだ少ない方だな」

旅人「一息つきたいんだが、どうにも落ち着かないねえ」

旅の修行僧「あやかしが私を襲わないと言うことは、まだ修行が足りない、ということなのだろうな」

旅人「一目でいいから修験者を見てみたいね」

旅人「さっきから見慣れない人間が多いが、陰陽師ってやつなのか?」

【守護者の祠 熊笹王】

ファイテン 文

ファイテン「ここ、随分瘴気が集まってるけど…」

百花文(…! 構えてください、ファイテンさん!)

百花文(誘われるように近づいているあやかしがいます)

ファイテン「えっ、えっ!?」

百花文(恐らくは、これこそが熊笹王かと)

………

ファイテン「うん。今なら私にもわかるよ。近づいてきているね」

ファイテン(澄姫を呼ぶ時間は無い、かな。それなら__)

ファイテン「討伐になっちゃいそうだけど…後で謝るから許してね、澄姫!」

【逢魔時退魔学園】

百花 ファイテン 紫乃 澄姫

土御門澄姫「討伐までするとは思っていなかったけど…」

土御門澄姫「まあ、突然だったみたいだし、仕方ないわよね」

紫乃「澄姫も甘いわね…報告書を書くのはあなたでしょうね」

土御門澄姫「今言わなくてもいいわよ!それに__ファイテンになにかあるよりよほどいいわ」

ファイテン「澄姫に心配されるなんてちょっと怖いかな…!」

土御門澄姫「心配じゃなくて、これは__!」

方位師風の若者「澄姫様、紫乃様、こちらを。緊急の報とのことです」

紫乃「本家からの遣いとは珍しいわね。ちょっと待ってなさい」

紫乃「………」

(グシャッ…)

ファイテン「ど、どうしたんですか!書簡を握ったりして__」

百花文「紫乃さん!?」

紫乃「これが狙いだったの…やってくれたわね、一目連…!」

土御門澄姫「ちょっと!突然どうしたのよ!」

紫乃「澄姫、すぐに出るわよ。文もファイテンをお願い」

ファイテン「え、えっ?」

紫乃「【一本だたら】が現れたわ__」


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