【逢魔時退魔学園】
ファイテン「紫乃さーん。来ましたよー」
紫乃「はいはい。悪いわね、こっそり呼び出して」
ファイテン「いえいえ、構いませんよ!それで__」
紫乃「別邸での資源がだいぶ減っているのだけれど、これはどういうことかしら?」
ファイテン「うっ…そ、その…使っていいと__」
紫乃「澄姫を助けるときの話でしょう?はあ、全く…」
紫乃「文もあなたに染められないか心配ね。素直ないい子だから」
ファイテン「お返ししなければならない…とか?」
紫乃「いえ、それはいいわよ。言ってみたかっただけだし」
紫乃「別邸に送られてくるものは本家からすれば大した量じゃない」
紫乃「それに__」
ファイテン「それに?」
紫乃「まあお礼だと思ってくれればいいわ。いい刺激にもなるみたいだしね」
ファイテン「は、はあ…」
紫乃「呼び出した要件だけど、前鬼、後鬼がね__」
紫乃(…まだ悪路王がいるわね。牽制もしたかったし、問題はない)
紫乃「あれから少し話をきいたけれど、澄姫に加護を与えたのは本当」
ファイテン「夢枕、でしたっけ」
紫乃「夢で何かを与えるのは伝承でも多いわね。神や鬼、力を持った妖怪が主に使うわ」
悪路王「加護を得たものは、破棄せぬ限り与えたものを害することはできない」
悪路王「吾が与えたのは加護ではない。ただ目として憑いただけだからな」
紫乃「あら。説明してくれるのね。その通りよ。思うところでもあった?」
ファイテン「悪路王さんとは何度も手合わせして貰ってますしね」
紫乃「あの前鬼、後鬼が自ら動けないのは遠い昔に交わした約束のせい」
紫乃「もう少し彼らが力を持てるように、協力して貰えないかしら?」
ファイテン「協力、ですか…?」
紫乃「と言っても内容は単純よ。彼らを討伐してくれるだけでいい」
紫乃「山城国にある【前鬼・後鬼の間】でね」
悪路王「あの屋敷ではないとすると、封印にはほど近い場所、だな」
紫乃「ええ、その通り。封印から少しだけ顕現している身体を討伐して、対抗するには力が必要と思わせてくれるだけでいいわ」
ファイテン「それ、私でいいんでしょうか?」
紫乃(この子でないと、恐らくは意味がないでしょうね…)
紫乃「澄姫ではできないし、悔しいけれど他の陰陽師だと力不足ね」
紫乃「それに、形や理由はどうあれ鬼に力を与えることになる」
紫乃「あなたは、澄姫のためなら内密に動いてくれるでしょう?」
ファイテン「はい!それはもちろん!」
紫乃「前鬼、後鬼が顕現したのは鬼と現の境界を守るため」
紫乃「となれば境界を破ろうとするものがいる。ということ。いざというときのために__」
悪路王「………」
紫乃「前鬼、後鬼の力を少しでも引き出しておきたいのよ」
紫乃「場所は文に教えておくわ。呼び出すには熊野妖怪印章が三枚必要になる」
紫乃「仲間を募って行くのがいいわ。もちろん、秘密裏にお願いね」
ファイテン「はーい」
紫乃(とはいえ、どうせ吉備泉には筒抜け。どう動くか、も見物ね)
………
紫乃「目は口ほどにものを言う それは鬼には通用しないみたいね」
紫乃「加護も呪いも同じとは聞いたけれど、あなたの与えたそれは呪縛よ」
悪路王「…答えるべき言葉を持たぬな」
紫乃「詮索が不愉快そうな顔をするのね。それは答えない罰だと思いなさい」
紫乃「会話ができるうちに一度だけ、一言だけ伝えておくわ」
紫乃「あの子の背中を、言葉の呪縛はあれど、押してくれてありがとう」
紫乃「お礼はこれで最後。じゃあね、陸奥の鬼」
悪路王「二度と会うことはないだろう。さらばだ、慢心せし方位師よ」
紫乃(慢心…ね、前鬼後鬼や鬼のこと、どうにかできるとは思っていないわ)
紫乃「一介の方位師の意思で、鬼を利用する報い__それでも、私は澄姫のためなら、鬼に討たれようと後悔しないわよ」
………
ファイテン「悪路王さん、いますか?」
………
ファイテン(まだいない、かあ。校長先生もいないみたいだし…二人一緒に居ないのは初めてかもしれないなあ)
百花文(あの、ファイテンさん。聞こえますか?)
ファイテン「文ちゃん!?どうしたの急に」
百花文(少し、聞いて頂きたいことが__)
………
ファイテン「文ちゃんに呼ばれたんですが、私に用があるとか?」
紫乃「そうよ。でも、まずその前に…文から、今までのあなたの足跡を聞いたわ」
紫乃「澄姫が戻っているときに遠征した颶の静謐で__微量とはいえ、一目連の血を浴びたそうね」
ファイテン「…はい。本当に少しでしたし、すぐ消えちゃいましたけど…」
紫乃「その後に現れた熊野龍神はその血を浴びたことがきっかけね」
紫乃「血、と言うものは結びつきを示すこともある言葉」
紫乃「あなたに血を浴びせるために現出し、血を浴びた後に討伐され、守護者に成り代わった楔(くさび)から解かれる」
紫乃「うつしよとの結びつきは残っている。龍神に成り代われたのも、それが理由」
ファイテン「………」
紫乃「本題に入るわね。今、澄姫は幕府からの依頼を受けているの」
ファイテン「澄姫が、幕府の!?」
紫乃「実戦的なことを考えれば、今の澄姫は土御門家の筆頭よ」
紫乃「幕府の依頼を受けるのもある意味当然よね」
ファイテン(あっ、ちょっと嬉しそう)
紫乃「本来であれば学園を通すのだけど、吉備泉は不在みたいだし、直接、調査依頼が回って来たの」
百花文「熊野古道であやかしの目撃情報が相次いでいるらしいんです」
百花文「熊野龍神の出現と時を同じくして、一つ目のあやかしの__」
ファイテン「もしかして、一目連!?」
百花文「いえ。紫乃さんと調べてみましたが、一目連とは違うようです」
百花文「伝承に則ったあやかし。恐らくは【熊笹王】と見ています」
紫乃「伝承の中にだけいたあやかしが、熊野龍神の出現と共に目撃された」
紫乃「現地へ出向き、調査を頼みたい。噂が大きくなる前に、という依頼よ」
紫乃「けど、澄姫が現地で調査をしてもまったく姿を見せなくてね」
百花文「誤報、という訳ではないのですよね」
紫乃「ええ。目撃情報は今も寄せられることがある」
紫乃「時期から考えて熊野龍神との関係性も考えられるから__あなたの話を聞いていたら、血を浴びた、と聞いてね」
紫乃「原因がそこにあるのなら、あなたが行けば何か変化があるかも」
紫乃「どう?澄姫を助けてあげてくれないかしら?」
ファイテン「はいっ、わかりました!」
【紀伊国 熊野古道】
ファイテン「霧が濃いね、文ちゃん…」
百花文(ただの霧、と言いたいところですが、警戒はしておきたいですね)
百花文(瘴気空間などはないようですが、十分に気を付けてくださいね)
ファイテン「うん。そうするね!」
土御門澄姫「ファイテンじゃない」
ファイテン「あっ、澄姫!」
土御門澄姫「紫乃の言っていた援軍ってあなたのことだったのね」
ファイテン「一つ目のあやかしの調査、だよね」
土御門澄姫「そうよ。と言ってもまだ私は姿を見ていないけどね」
土御門澄姫「紫乃に話は後で聞くとして…今は手分けして探しましょうか」
ファイテン「うんっ!」
土御門家先遣隊「澄姫様の手伝いだそうだな。試練を出そう。なに、報酬は本家持ちだ。気にするな。それより、澄姫様を頼んだぞ」
旅の修行僧「あやかしを見たという声もあるが、私には何も見えないな」
行商人「この地方は雨が多い様です。準備をするにこしたことはありません」
旅人「随分霧が濃いですね…迷わないように気を付けないと」
旅人「おかしいな…さっき俺の地方にしかない言い伝えのあやかしが出たんだが…」
旅人「全国から参拝客が集まるが、今はまだ少ない方だな」
旅人「一息つきたいんだが、どうにも落ち着かないねえ」
旅の修行僧「あやかしが私を襲わないと言うことは、まだ修行が足りない、ということなのだろうな」
旅人「一目でいいから修験者を見てみたいね」
旅人「さっきから見慣れない人間が多いが、陰陽師ってやつなのか?」
【守護者の祠 熊笹王】
ファイテン「ここ、随分瘴気が集まってるけど…」
百花文(…! 構えてください、ファイテンさん!)
百花文(誘われるように近づいているあやかしがいます)
ファイテン「えっ、えっ!?」
百花文(恐らくは、これこそが熊笹王かと)
………
ファイテン「うん。今なら私にもわかるよ。近づいてきているね」
ファイテン(澄姫を呼ぶ時間は無い、かな。それなら__)
ファイテン「討伐になっちゃいそうだけど…後で謝るから許してね、澄姫!」
【逢魔時退魔学園】
土御門澄姫「討伐までするとは思っていなかったけど…」
土御門澄姫「まあ、突然だったみたいだし、仕方ないわよね」
紫乃「澄姫も甘いわね…報告書を書くのはあなたでしょうね」
土御門澄姫「今言わなくてもいいわよ!それに__ファイテンになにかあるよりよほどいいわ」
ファイテン「澄姫に心配されるなんてちょっと怖いかな…!」
土御門澄姫「心配じゃなくて、これは__!」
方位師風の若者「澄姫様、紫乃様、こちらを。緊急の報とのことです」
紫乃「本家からの遣いとは珍しいわね。ちょっと待ってなさい」
紫乃「………」
(グシャッ…)
ファイテン「ど、どうしたんですか!書簡を握ったりして__」
百花文「紫乃さん!?」
紫乃「これが狙いだったの…やってくれたわね、一目連…!」
土御門澄姫「ちょっと!突然どうしたのよ!」
紫乃「澄姫、すぐに出るわよ。文もファイテンをお願い」
ファイテン「え、えっ?」
紫乃「【一本だたら】が現れたわ__」