【逢魔時退魔学園 裏手】
土御門澄姫「凄い音がきてたわね…ここまで聞こえてきたわよ?」
ファイテン「えへへ…ちょっと力が入っちゃったからね」
土御門澄姫「校長先生の話は…」
ファイテン「うん。澄姫と同じようなことを考えていたみたい」
土御門澄姫「そう…」
ファイテン「ああ。そうだったんだ、って残念な気持ちだったかな」
ファイテン「『殺されてくれない?』のほうがよっぽど衝撃だったよ!」
土御門澄姫「ぐっ…う… そ、そうよ、ね…」
百花文「柴乃さんはどう思いました?校長先生の発言は」
柴乃「私たちが聞いていたことはわかってたのね」
百花文「気になると思いましたし…それに、聞かせているのもあったと思います」
百花文「本当の内緒話なら、伝心か、他に人を呼ばなければいいですしね」
柴乃「私は…得心がいった、が本音ね」
柴乃「澄姫に加護を与えた前鬼と後鬼。『鬼と現との境界』の話」
柴乃「あの悪路王のことじゃなく、今回の事態が、その一部だったのかと」
土御門澄姫「だとすれば…私は、前鬼後鬼と悪路王に感謝しないとね」
土御門澄姫「ファイテンと一緒に幽世に行けるかもしれないんだから」
ファイテン「それって、どういう…?」
土御門澄姫「鬼は古くからある伝承。ほぼ全国に伝承が残る」
土御門澄姫「それなら、鬼の加護がある私だって、伝承を足掛かりに幽世に臨めるはずよ」
土御門澄姫(そうでなければ、龍神の髭がなぜ幽世にあったか説明がつかない)
土御門澄姫(きっと、あるはずなのよ…)
土御門澄姫(『あの髭をおいた』のが、吉備泉本人であれば)
土御門澄姫「杯、交換しておきましょうか。本当は酌み交わすものだけれど__」
土御門澄姫「物として残しておきたいの。…いい?」
ファイテン「うんっ!」
………
伊邪那岐「海坊主の結界のこともある。これが終われば己も戻ることにしよう」
伊邪那岐「随分長い間、ここに居て貰っちゃいましたね」
伊邪那岐「見届けたいこともあったしな。成ったようで安心した」
百花文「…校長先生のことですか?」
伊邪那岐「ああ。荷を託すことを覚えたのなら、心配ももうあるまい。ほぼ、だがな」
ファイテン「ほぼ…?」
伊邪那岐「今回の四国逆うち、泉が考えたことだが__結果としてそれは幽世を呼び、海坊主の顕現を早めた」
伊邪那岐「己から教えておこう。あの龍神の髭、元は現世のものだ」
伊邪那岐「何者かがあの地より幽世に至り、誘いとして置いたものだろう」
伊邪那岐「かくりよの大門の力が強まり、幽世と現世の境が曖昧になれば__海坊主は間違いなく、完全な姿で現れただろう」
伊邪那岐「そう、あと数ヶ月もあれば、力は満ちていたはずだ」
伊邪那岐「それまでは年月をかけて、少しづつため込んでいたものがな」
百花文「ここ最近、あの門は現れたと聞きましたが、違うのですか?」
伊邪那岐「泉と悪路王は、実際に目にするまでは阿弖流為の策だと思っていたらしいな」
伊邪那岐「だが、違う。断言しよう。阿弖流為だけで考えたことではない」
伊邪那岐「利用する心持ちはあっただろうが、あの髭自体はもっと以前のものだ」
伊邪那岐「さて、ここで少し考えてみろ」
伊邪那岐「近年で【龍神】を狩り、髭を持ち幽世に至れた者は?」
伊邪那岐「さらにその髭の存在を、阿弖流為が知っていた理由は?」
ファイテン「それ、は…」
伊邪那岐「今は真実を知る方法はない。だから憶測しかできない」
伊邪那岐「過去の行動が、偶然引き金になったのか__『己の主の死。犠牲すら計算の上で、ここまで見越していたか』」
ファイテン「でも、それは憶測です」
伊邪那岐「だが、今の泉にとっては最も恐ろしい想像だ」
伊邪那岐「悪い方にはいくらでも考えを及ばせることができる」
伊邪那岐「己の主の返し方が、閂に魂を宿らせることだったら?」
ファイテン「……」
伊邪那岐「自らも共にありたいと思い、あの泉に…式姫に何らかの方法で保険をかけ、大門にて『式姫との成り代わり』を考えていたら?」
伊邪那岐「いや、そもそも__」
伊邪那岐「己の主と、吉備泉に友情はあったのか。全てが偽りだとしたら?」
ファイテン「それは…悪い方向に考えすぎだと思います」
伊邪那岐「…事が起こった際には己も召喚されてそこにいた」
伊邪那岐「吉備泉の絶望は本物だった。あの瞬間、確かに自らを呪っていた」
伊邪那岐「いくらでも憶測はできる。しかし、主の思惑を__悪い方向に考えなければならないこと。式姫にとっては、とても、とても辛いことだ」
ファイテン「……」
伊邪那岐「ああ、それと__」
伊邪那岐「主に会えることはまだ望んでいるが、己はファイテンも気に入っている」
伊邪那岐「母親に倣わずともよい部分はある。この意味、覚えておくようにな」
………
吉備校長「話は終わったようじゃな。では、次の遠征地について語ろう」
ファイテン「あっ…うっかりしてました。門、開いたんですか!?」
吉備校長「いや。違う。幽世が現世に現れようとしているのじゃ」
………
百花文「【壇ノ浦】ですか。あの合戦があったと言われる」
吉備校長「真剣【草薙】が沈んでいるともされている場所じゃ__」
吉備校長「古戦場と言う場所柄も含め、影響が出る場所としては納得がいく」
ファイテン「実際に現れるまでは、まだ時間があるんですよね?」
吉備校長「ああ。その間に地域での対応や、封鎖の段を取らねばならんの」
………
吉備校長「八重」
三善先生「はい。なんでしょう。泉先生」
吉備校長「先も言ったが、幕府への対応を頼む。今まではワシがやっていたが__」
三善先生「ふふ…返事は前と変わりませんよ。頼られることは嬉しいことですから」
三善先生「承りましょう。代役、見事にこなしてみせます」
吉備校長「頼りにしておるぞ」
………
吉備校長「悪、土御門」
吉備校長「幽世に至る方法をワシと探そう」
吉備校長「大門とは異なり、今回のような幽世の一部であれば、方法はあるはずじゃ」
吉備校長「そして、土御門。加えて力を磨く機会を、じゃったな」
吉備校長「調査の合間合間になるが、共に力を磨こうではないか」
土御門澄姫「この間のお願い、聞いてくれたんですね。ありがとうございます」
吉備校長「そのお礼が、ワシと悪への恨みごとに変わらんといいがの」
悪路王「吾もまた力を磨かねばならぬ。教授するのではなく、人と共にな」
悪路王「ついて来られぬならば、容赦なく置いていくぞ」
土御門澄姫「それはこっちの言葉よ!私は、諦めないんだから!」
悪路王「今の言葉、覚えておこう」
………
吉備校長「この度は、このような場を設けてまで、回りくどいことをしてしまった」
吉備校長「ワシには何が正しいのか、何が真実だったのかはわからぬ」
吉備校長「だから、一人で考えるのは止めにした。オヌシらを存分に頼らせて貰うぞ」
………
百花文「古い文献は私が調べておきますね。ここ最近の陰陽師のことも含めて」
………
三善先生「幕府はお任せください。泉先生が、やりたいことに専念できるようにします」
………
柴乃「土御門家の文献、文だけでなく私も調べるようにしておきます」
………
土御門澄姫「ファイテン…絶対に、横に並ぶからね!」
………
悪路王「鬼と人との杯、か。破ることはできぬな」
………
吉備校長「この杯に誓い、共に…ワシと一緒に、戦ってくれ」
吉備校長「主の遺志を継ぐのではなく、ワシや皆のいるこの国を守るために」
吉備校長「頼む…!」
………
ファイテン「わかりました。一緒に…頑張りましょう!」
………
吉備校長「ファイテン。皆が帰り、この場に誰もいない今、話すことがある」
ファイテン「はい…何ですか?」
吉備校長「これからは、昔のことに関して少しづつオヌシに伝えていこう」
吉備校長「このままワシが持っておっても重く、また正しいのかもわからぬからな」
吉備校長「おぬしの母に関わることは、まずオヌシだけに教える」
吉備校長「口止めはせぬ。話す相手は自分で選ぶが良い」
ファイテン「はいっ!」
吉備校長「まずは、一つ確実なこと。オヌシの言っていた式姫じゃ」
ファイテン「…あの子、のこと…」
吉備校長「まだ式姫が式姫と呼ばれぬ頃から存在だけは伝えられていたもの」
吉備校長「どう召喚したかはわからぬ。ワシはそこにいたことを覚えているだけ」
吉備校長「じゃが、召喚されたことがある以上、依代さえあれば呼び出すことは可能じゃ」
ファイテン「依代…型紙、ですか」
吉備校長「特別な型紙となろう。それ故、今は名前だけ覚えておくがいい」
吉備校長「天沼矛(あめのぬぼこ)より零れた一滴から生まれた式姫」
吉備校長「【国造(くにつくり)】とお前の母は呼んでいた」
吉備校長「それでは、太古の役職だとワシの主は笑ったらしいがな」
ファイテン「それが、あの子の名前…!」
吉備校長「共に調べていこう。召喚が叶えば、あのときのことも、わかるやもしれんしな」
ファイテン「…はいっ!」