第32章 陸奥:赤光の居城

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【逢魔時退魔学園 裏手】

ファイテン 伊邪那岐

伊邪那岐「悪路王の居城に向かう前に、お前は知らなければならないことがある」

ファイテン「…はい」

伊邪那岐「学園に蛙の姿をした妖怪が居るらしいが、その場所はわかるか?」

ファイテン「蛙の姿…ゼッピンさん、かな?」

伊邪那岐「ゼッピンと名乗っているのか…ふふふ。恐らくは間違いないだろうな」

ファイテン「あの、どうしてゼッピンさんに?」

伊邪那岐「かくりよの門より現れしあやかし、その前よりこの国に居た妖怪」

伊邪那岐「あやかしとは違い、妖怪の中には大門からの影響が少ないものもいた」

伊邪那岐「あいつはその中の一人だ」

ファイテン「そりゃ、ただの蛙ではないと思ってはいましたけど…」

伊邪那岐「大門が開いた後、どのような経緯であやつと共に居たのかはわからないが__」

伊邪那岐「先代の殿様蛙。お前がゼッピンと呼ぶ蛙の元の姿だ」

ファイテン「えっ、えええっ!」

伊邪那岐「話を聞いてくるといい。いや、聞かなければならないだろう」

伊邪那岐「本当に、お前が悪路王の居城に向かうべきか、考えるためにも」

ファイテン「……」

伊邪那岐「吉備泉について聞きたい。そう言えば察するだろう」

ファイテン「…わかりました」

【逢魔時退魔学園】

ファイテン ゼッピン2

ファイテン「あの、ゼッピンさん…」

ゼッピン「おお。ファイテンか。さて、今回の魚は__」

ファイテン「いえ、今日はその要件ではありません。伊邪那岐様から言われて来ました」

ゼッピン「伊邪那岐、とな。気配は感じていたが、そうか」

ファイテン「吉備泉について、ゼッピンさんに。先代の殿様蛙に話を聞いて来い、って」

ゼッピン「確認しておきたいことがあるな。その伊邪那岐の主は__」

ファイテン「私の母です」

ゼッピン「…ああ、やはりそうか。現世となるとそれしかないしのう」

………

ゼッピン「今はこの辺りにお前以外の人間はおらん。それとなく人が寄らぬようにしておこう」

ゼッピン「これからの話。誰に聞かせるわけにもいかんからな」

………

ゼッピン「お前の聞いた通り、ワシは先代の殿様蛙。大門の以前より力を持っておった」

ゼッピン「ある日ワシの前に二人の陰陽師が現れた。お前の母と、吉備泉だ」

ファイテン(二人で旅をしていた、って頃かな。悪路王さんとも戦ったっていう)

ゼッピン「あの頃はワシも若かったのう…二人と戦った後、人間に興味が湧いてな」

ゼッピン「人のさばく魚料理の味を覚えたのもその辺だが、まあそれはおいておこう」

ゼッピン「大門が開いたとき、ワシも気づいた。何かとてつもないことが起こった、と」

ゼッピン「それからしばらくして、吉備泉が姿を見せた。一人の赤子を背負ってな」

ファイテン「その赤子…多分、私…かな」

ゼッピン「ああ、そうじゃ。そしてワシにこう言った__」

ゼッピン「主の想いを果たす為、この記憶が溶ける前に伝えておきたいことがある」

ゼッピン「と、顛末を伝えにきたのじゃ。吉備泉の式神がな」

ファイテン「でも、現れたのって校長先生ですよね?」

ゼッピン「正確に言おうか。吉備泉の姿をした式神がワシに伝えに来たのじゃ」

ゼッピン「今お前たちが【吉備泉】と呼んでいるもの。そのものがな」

ファイテン「…えっ?」

ゼッピン「思ったより驚かないのじゃな。飛びあがるかと思っていたのじゃが」

ファイテン「い、いえ。驚いてますよ!ただ、どう反応していいのか…」

百花文(やっぱり、そうだったんですね…)

ファイテン「文ちゃん。やっぱりって…」

ゼッピン「方位師か。敢えて伝心は閉じなかったが、やはり聞いていたのじゃな」

ゼッピン「ワシが苦手と聞いていたが、今はこちらにこい。二人が知らねばならんことじゃ」

………

百花文 ファイテン ゼッピン

ゼッピン「さて、話を再開するとするかの。二人は大丈夫か?」

ファイテン「はい!」

百花文「はい!」

ゼッピン「時に方位師、百花文よ。お前はやっぱりと言ったらしいが__」

ゼッピン「泉から話を聞いていたのか?」

百花文「直接は聞いていません。ですが、察する材料は揃っていました」

ファイテン「そうだった、の…?」

百花文「最近だと__校長先生が定期的に鎮めていたはずの八握脛(やつかはぎ)が言っていました」

『陰陽師ナド幾時ブリカ、ブリカ』

百花文「それに、少し寂しいですが、伊邪那岐様も。【吉備泉】と【あやつ】。二つの呼び方を使い分けていましたよね」

百花文「多分、私やファイテンさんに気づかせるために」

ファイテン「き、気づかなかった…」

百花文(そして、以前私だけに言ったことも含めて。これは…実行したくないですが)

百花文(『許せなければワシを祓え』 そういう、ことだったんですね…)

………

ゼッピン「遠き時代。まだこの国の中央が京にあった時代までさかのぼる」

ゼッピン「陰陽師は戦の為だけではなく、身の回りのために式姫を使役することがあった」

ゼッピン「自らの式姫の管理や、諸々の雑事を担当して貰うためにじゃ」

ファイテン「それは今の私も__」

ゼッピン「いいや、違うのじゃ。今と昔は環境も全く違う」

ゼッピン「遠征中の雑事、もしもの時の後控え。陰陽師への仕事の依頼__」

ゼッピン「他の陰陽師との連絡役。その全てを担うには人では足らなかった」

ゼッピン「陰陽師とは脈々と続く血と家によるもの。家の全てを覚え、管理するには人の寿命では足らなかったのじゃよ」

ゼッピン「だからこそ式姫が必要とされた」

ゼッピン「何代にも渡り、何度召喚しても【記憶を受け継げる】式姫がな」

ファイテン「でも、澄姫の家にはそんな式姫はいなかったです」

ゼッピン「すでにこの式姫は失われておる。考えてもみるがいい」

ゼッピン「記憶を受け継げるということは形だけ見れば不死にも通じるものがある」

百花文「実際は違ったとしても、そう見られておかしくはないですね」

ゼッピン「陰陽師が力をもっているときならまだしも、権力を失いかけたとき__その手段を求められ、攻め滅ぼされること。悪用されてしまうこと」

ゼッピン「そのどちらも防ぐために、当時陰陽師をまとめていた四家_【芦屋】【源】【阿倍】【加茂】は話し合い、この法を封じることにしたのじゃ」

ゼッピン「そしてこの四家も名の読みに言霊だけを残し、全てを覆い隠すことにした、とのこと」

百花文「そんなこと、知らなかったです。どんな文献にも残っていませんでした」

ゼッピン「当然じゃな。ワシもあの式姫から聞くまでは全く知らなかったのじゃから」

百花文「失われていた、んですよね。でもそれならどうして__」

ゼッピン「泉は力を求めておったからな。どうやってか情報を手にしたのかもしれん」

ゼッピン「最後に残されていた、ただ一枚の型紙は『畑で拾った』と笑っておったよ」

ゼッピン「はぐらかされたのかもしれんが、ワシはそれでも良いと思っておる」

ゼッピン「全てを知る必要はない。歩むに足るだけの理由が持てればな」

ファイテン「それって、今の私のこと…」

ゼッピン「ワシからの話はここまでじゃ。後は伊邪那岐と話すことじゃな」

ゼッピン「あの型紙に力を込められた瞬間を知っているのは、今は伊邪那岐だけ」

ゼッピン「それを聞いてから考えろ…」

ゼッピン「吉備泉をどうしたいか。悪路王をどうしたいのか」

ファイテン「はい…!」

【逢魔時退魔学園 裏手】

文 ファイテン 伊邪那岐

ファイテン「ただいま戻りました」

伊邪那岐「文も共に居る、ということは二人とも話を聞いたらしいな」

ファイテン「はい。校長先生が式姫だった、と」

伊邪那岐「あのとき、大門が開いた瞬間…己の主は閂となるために向こう側へ向かったが__大門より溢れる力に、吉備泉は自らの死を覚悟したのだろう」

伊邪那岐「懐より型紙を取り出し、呪を唱え始めた。式姫を召喚するのとはまた別の」

伊邪那岐「恐らくはあのとき、自らの記憶と力までも受け継いだものを召喚しようとしたのだろう」

伊邪那岐「だが、そんなものはあってはならない。あの式姫は人の記憶など注げない」

伊邪那岐「存在が不死となる外法中の外法。許されてはならないことだ」

百花文「……」

伊邪那岐「成功するはずのない、例のない召喚は、しかし成功してしまったのだ」

伊邪那岐「大門から溢れる力と、吉備泉の命を代償として」

伊邪那岐「あり得ない程の力と、当代一の陰陽師の命。揃うはずのない条件が揃ってしまった」

百花文「…それは秘さねばならないこと。知られることがあってはいけないこと」

伊邪那岐「その通りだ。己としても、泉の行動には今でも怒りを覚えている」

伊邪那岐「が、その怒りは泉に対してだ。今のあやつへ向けることはない」

ファイテン「……」

伊邪那岐「召喚された式姫が、何を想い行動したかは、直接聞く他ないがな」

ファイテン「でも、校長先生は…!多分ですが、悪路王に__」

伊邪那岐「さすがに気づくか。ああ、そうだ。悪路王に倒されている」

伊邪那岐「力を考えれば恐らくは不意打ちであろう。式姫も連れてもいなかったようだしな」

伊邪那岐「妙に甘いところも、本人の通り、か…」

百花文「一つ、気になったんですが、式姫が式姫を使役するって」

伊邪那岐「例が無い訳では無い。己が作った式姫もいるぞ」

伊邪那岐「式姫は力や人に憑く訳では無い、その存在に従うために召喚されるもの」

伊邪那岐「少なくともあやつの式姫は使役されることを受け入れているはずだ」

ファイテン

ファイテン「あやつ、ではありません。校長先生、です」

伊邪那岐「…そう、か」

………

伊邪那岐「行くつもりか?」

ファイテン「校長先生が式姫であれば、倒されていてもまだ間に合うはずです」

ファイテン「それに、私は悪路王に聞きたいことも、言っておきたいこともありますから」

伊邪那岐「……」

伊邪那岐「陸奥国にある、赤光に染まりし城址。それが悪路王の真なる居所だ」

伊邪那岐「場所は文に伝えておこう」

ファイテン「…ありがとうございます!」

百花文「転送は任せてくださいね!」

ファイテン「文ちゃんも…ありがとう!」

伊邪那岐「悪路王は真なる居城の更なる奥にいる。天守から下に進んでいけ」

伊邪那岐「最奥に届いたと思ったら、一旦戻ってこい。己が道を作ろう」

ファイテン「はいっ!」

【陸奥国 赤光の居城】

澄姫 ファイテン 赤光の居城

ファイテン「……」

ファイテン(相変わらず伝心は通じない、か)

ファイテン「…悪路王さん」

ファイテン「私はあのとき言われたことに、改めて答えるためにここに来ました」

ファイテン「迷いはあるし頭は混乱するし、手は震えるし足は竦(すく)むけれど__」

ファイテン「刃だけは、澄んでいるつもりです」

【逢魔時退魔学園 裏手】

伊邪那岐「最奥に辿り着いたようだな。隠された間への道を作ろう」

百花文「何でもできるんですね…方位師として、考えるところがあります」

伊邪那岐「そうでもない。己にできるのは道を作ることのみ」

伊邪那岐「その上を歩くのは、意思を持った人に他ならないからな」

ファイテン「はいっ!」

百花文「はいっ!」

伊邪那岐「いい返事だ。戦って来るがいい。これまでと、これからのために」

伊邪那岐「その上で、この先ファイテンが歩きたい道を決めるんだな」

ファイテン「色々…ありがとうございます!」


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